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Twitterまとめ投稿 2017/04/11 [moblog]


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「LION/ライオン ~25年目のただいま~」 [映画]



大阪で同性カップルが里親になったことが話題になった今、
この物語の里親たちが、
オーストラリア、それもタスマニア島に住んでいながら、
なぜインドから子供たちを引き取ったのか、
その理由を語るニコール・キッドマン演じる母親の気持ちに、
一気に持って行かれるものがあった。

貧しい少年サルーが偶然の巡り合わせで、
故郷から遙か遠いカルカッタへ行ってしまい、
言葉も通じず当然頼る人もなく、
路上生活をしていたところを保護され、
オーストラリアに住む里親夫妻に引き取られる。
後に同じインドから義兄弟となる少年がやってくるが、
彼は癇癪持ちであり問題児だった。
その状況をくみ取ったサルーは、
模範的な青年として成長する。
しかしあるパーティーをきっかけに、
彼は自分が迷子であったことを思いだし、
出身地はカルカッタではなくて、
遙か離れた土地であり名前すらうろ覚えであることに気付く。
残された鮮烈な記憶は、
故郷の駅前にあった給水塔。
その日から彼はとりつかれたようにGoogle Earthを使い、
それらしい場所を探しにかかる。
仕事も投げ出して。

彼がなぜそれほどまでに過去にとりつかれたのか、
今の私にはわかる気がする。
自分を探しているであろう家族の存在とともに、
「本当の自分」を探し出したくてたまらなかったのだと思う。
今の私は病気によって「本当の自分」がわからなくなっている。
バリバリ営業で外回りしていた頃には思ったこともない思考が渦巻き、
何もかもが前向きに考えられていた自分が本当なのか、
それとも今の自分が本当なのか、
どちらも本当の自分なのか。
まさしく「人生の迷子」状態だから。

しかしこの映画、
タイトルの「LION」の意味が全然わからず、
物語に引き込まれて、
それぞれの登場人物に感情移入しながらも、
その謎が引っかかりながら観ていた。

そしてラストにその意味が明かされたとき、
滂沱の号泣。
そりゃ迷子にもなるよねって思いと、
家族という群を持つ唯一のネコ科の動物であるLION、
その意味を考えてしまう。

それにしてもニコール・キッドマン、
全然いつもの色気や美しさを隠して、
普通の主婦として演じている様は見事。
控えめで思いやり深くて優しい母親だからこそ、
里子たちは母親を苦しめたくなくて、
それぞれが選んだ道を進む。
その方向が違ったとしても、
彼らはその愛を充分に享受し理解している。
そしてサルーをインドに送り出すとき、
彼女は心引き裂かれんばかりの思いだろうに、
ちゃんと慈悲深く本当の家族に合えるように送り出す。
いや~、ニコール・キッドマンスゴイ。

これが実話だというのだから、
まったく世の中には実に信じられない物語があるものである。

幸せに暮らしているのに、
なぜ主人公が過去にとらわれて、
執念で探し出すのか理解できない人もいるだろう。
「今が幸せなんだから良いじゃない」
「25年も経っているんだから向こうだって忘れているよ」
そう思う人もいるだろう。
けれど先述したとおり、
彼は「本当の自分」「本当の家族」を知りたかったのだろう。
それは理屈ではなくて、
今の自分が幸せであるから良いのではなく、
あの貧しかった家族がどうなったか、
成長した自分にできることはないのか、
いろいろな思いに駆られて止まらなかったのだろう。

心理療法士によるカウンセリングにも似ている。
自分が封印した記憶や体験を掘り起こし、
それが今の自分を作っていることを認めながら、
それにどう対峙していくか。
自分が迷子として保護されて、
里子としてオーストラリアに引き取られ、
本当の家族がインドにいるとわかったときに、
彼が取った行動は非常に理解できる。

エンドロールが終わる前に席を立たないで欲しい。
最後の最後まで物語は続くから。
そして彼の物語は今も続いているから。

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