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「成功者K」 [電子書籍]


成功者K

成功者K

  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: Kindle版


内容紹介
ある朝目覚めると、Kは有名人になっていた。TVに出まくり、寄ってくるファンや知人女性と性交を重ねるK。これは実話か、フィクションか!?又吉直樹氏推薦、芥川賞作家の超話題作!

正直読み切るのがつらかった。
男の人はどう感じるかは知らないが、
微妙な性描写や女をモノとしてしか見ていないような感覚に、
途中で何度もくじけそうになった。

そしてようやく読み終わったとき、
脳裏に浮かんだのは自分の尾っぽを加えて丸くなった蛇。

どこまでが羽田圭介でどこまでが成功者Kなのか判然としない。
羽田圭介が自分の生活の変わりようを、
面白おかしく脚色して描いているのであろうが、
その描き方が露悪的というか、
最悪のやり方をしているとしか思えない。
極端であればあるほど、
「本当の羽田圭介は違うよ」と裏に書いてあるようであり、
それがゆえにフィクションであろう部分の、
欲望がむき出しの部分に男の本性を感じてしまった。

そもそも「スクラップアンドビルド」しか読んでいないので、
特別何を期待していたわけではない。
ただなんだかとても残念な気持ちになった。

そういえば羽田圭介、
「飛べサル」のピンチヒッターもやったっけ。
今思えばQRも何を考えたんだか。


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「あぁ、だから一人はいやなんだ。」 [電子書籍]


あぁ、だから一人はいやなんだ。 (幻冬舎単行本)

あぁ、だから一人はいやなんだ。 (幻冬舎単行本)

  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/06/16
  • メディア: Kindle版


内容紹介
寂しいだか、楽しいだか、よくわからないけど、日々、一生懸命生きてます。
人気芸人の、笑って、共感して、思わず沁みるエッセイ集。
全力で働いて、遊んで、吞んで、笑って、泣いて……の日々。
ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方の「日本酒ロック」。緊張の、海外ロケでの一人トランジット。酔ってヒールでこけて両膝から出血の地獄絵図。全力の悪ふざけ、毎年恒例お誕生会ライブ。女性芸人仲間の感動的な出産。“吞兵衛一族”の冠婚葬祭での豪快な吞みっぷり。40歳で体重計を捨ててから止まらない“わがままボディ”。大泣きのサザン復活ライブ。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。恒例の、オアシズ大久保さんのご家族との旅行。etc.

題名に惹かれて即買い。

でも内容は「一人」だから楽しいことばかり。
一人であるが故の寂しさとか、
一人であるが故の不自由さとか、
そういうものとは無縁のエッセイ。
一人だからこそ楽しい仕事、友情、酒飲み、
「これって健康だからだよね」と今更思うσ(・・*)アタシ。
でも基本的にいとうあさこって、
性格が良いというか、
根っからのお嬢様だからこその良さというか、
そういうものがにじみ出ている。
だからエッセイの文章にも不愉快なところがない。
一人だからってひがむところもないし、
どんなことを書いたら、
どんなことをしたら人が不愉快に思うのか、
ものすごくそれをわきまえた文章になっている。

いやね、
実は「一人だとこんなにつらい」って言うのを半分は期待していてw。

自分がここ数年考えられないような病気にかかったり、
精神状態も追い込まれたり、
今ももうどこに行ったら良いのかわからない症状で、
どうにもこうにも。
マジな話、
孤独死して連絡がつかないから、
同僚か上司が発見してもおかしくない。
そういう意味で「一人はいやなんだ」を期待したけど、
たぶんそういうものに蓋をする意味で、
彼女はこう言う人生を送っているんでしょうね。
むしろ覆そうとしてとでも言った方が良いのかも。

そういう意味では元気が出ました。
「一人だけどこんなに楽しいよ」って。
「一人だけど一人じゃないよ」って。

彼女が愛されているわけ、
仕事が次々舞い込むわけ、
いろんな事がわかった気がしました。
いつも全力投球で満身創痍w。
だけど仕事も楽しいし人間関係も充実。

私もそこそこのカネと健康があればねw。

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「不発弾」 [電子書籍]




内容紹介
巨大電機企業崩壊は悪夢の序章に過ぎなかった――!
バブル終焉時、日本中の企業に埋め込まれた「損失」爆弾。
膨らみ続けるバブルの負債が、いま炸裂する。
大手電機企業・三田電機が発表した巨額の「不適切会計」。捜査二課の小堀秀明は、事件の背後に一人の金融コンサルタントの存在を掴む。男の名は、古賀遼。バブル直前、地方の商業高校から「場立ち要員」として中堅証券会社に入社した男は、バブルという狂乱の時代を経て、凄腕の「飛ばし屋」となっていった……。
激動の証券業界を生き延びた男が語る、闇に葬られた「粉飾決済」の裏側とは。
小説でしか描けない経済界最大のタブー!

架空の会社名、個人名ではあるが、
それが現実にはどの会社を誰をさしているのか、
社会を知っている人なら誰でもわかるだろう。
現実にこんなことが行われているのであれば、
個人投資家などそんなに大儲けができるはずもない。
もともと投資に興味はないが、
余程毎日勉強していなければ、
この世界についていくことなどできない。
本気でそう思わされた小説だった。

久米宏の「ラジオなんですけど」で話題の登ったことで、
手に取ってみたのだが、
正直経済小説は余り気が進まなかった。
しかし読み始めたら一気読み。
不幸な生い立ちの主人公が、
金を稼いで妹を地獄から救いだそうと必死で働き、
それでも人生は思うようには行かず、
けっきょく彼は図らずも大金を動かす、
裏の仕事に手を染めていくことになる。
そうしていくうちに、
自らの私怨も晴らし、
その一方で恩人の凋落も目にする。
大企業、証券会社、フィクサー、政治家、
ありとあらゆる欲の皮が突っ張った人間が絡み合い、
この国とこの国の経済は動いている。
どこまではフィクションでノンフィクションなのか、
私のような経済素人には判断がつかないが、
読み終わったときに感じた震撼は、
現実とのリンクが余りにも強いからである。

同じようなことをしても、
あの人は起訴されるのに、
あの会社は素知らぬ顔で経営されていることもある。
その違いはどこにあるのか?

森友学園問題、加計学園問題など、
「口利き」が話題になっているだけに、
いろいろと考えてみると現実の奇々怪々さにゾッとする。

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「鬼才 五社英雄の生涯」 [電子書籍]


鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/08/19
  • メディア: Kindle版


内容紹介
『鬼龍院花子の生涯』『極道の妻たち』『陽揮楼』『吉原炎上』『三匹の侍』『人斬り』……極彩色のエンターテイナー、映画監督・五社英雄。
五社作品の持つ情念に魅せられた著者は関係者への徹底した取材を重ねるが、その生涯を描き出すのは困難を極めた。稀代の“ホラッチョ”五社の証言は、背中の彫り物ひとつをとっても同じ人物のものとは思えないほどときにブレる。どこまでが真実でどこからが嘘なのか? これは、全身エンターテイナー──「人を喜ばせる」ことに生涯をかけた男の、ハッタリ上等、虚々実々の物語である。
テレビ界出身だった五社英雄は、長らく日本の映画評論界から不当に無視に近い扱いを受けてきた。その言動は常に毀誉褒貶の対象だった。真っ白なジャケットとズボンで敵だらけの現場に乗り込み、水たまりがあればそのジャケットを脱いで女優にその上を歩かせて周囲の度肝を抜き(しかも翌日にはまた新品同様の白ジャケットで現れる)、80年には銃刀法違反で逮捕され、一時は映画界を追放されて、すべてを失った。
しかし、現在の時代劇やアクションは五社の存在なくしては語れない。今では当たり前の、刀がぶつかり合い、肉を斬り骨を断つ効果音。これらを最初に生み出したのも五社だった。テレビの小さな画面でいかにして映画に負けない迫力や殺気を出すか? 悩んだ末に辿りついた発想だった。
自らの人生も「演出」した男はなぜその背中に鬼を掘り込んだのか? 台本にはなかった「なめたらあかんぜよ!」の秘密とは?
虚実ハッタリ入り乱れた生涯に翻弄されながら、春日太一が渾身の取材で「鬼」の静かで哀切な真実に迫る。

私は春日太一ファンである。
彼の書くものも好きだが、
何よりそのしゃべりが好きだ。
だからラジオに出ているとゾクゾクする。
声が良いだけじゃなくて、
話の内容がなんともギリギリで面白すぎるのだ。

五社英雄の映画には特に魅力を感じたことはない。
外連味にあふれていて、
確かにキャッチーで面白いのだが、
「娯楽映画」としての面白さと、
自分が知らない世界の面白さくらいで、
特に共感するとか号泣するとかは全くない。

しかし読み始めたら止まらず、
1日で読み終わってしまった。
映画同様自分をも演出し、
自分の死期も悟って仕事をし続けた男。
その人生を何も知らなかったので、
テレビ業界と映画業界を行き来しつつ、
画期的な作品を作り続けたその執念は脱帽に値する。
もはや斜陽産業であった映画界で、
最初からもし活躍の場所を得ていたならば、
彼はもっと違う作品や世界を描いていたのかも知れない。
最初に選んだ活躍の場がテレビであったことは、
当時勢いがあったからこそ良かったことも多かっただろうし、
今ほど制約もなかったから良かったことも多かろう。
だから必ずしもテレビで活躍したことは悪くはないのだが、
映画界には勿体なかったと思うのだ。
そして映画界で活躍し始めてから、
夏目雅子を失ったのは彼にとっても大きな損失だった。
いろいろな意味で幸運にも恵まれたが、
それ以上に不運や運命の妙にも弄ばれた人だったと思う。

時代劇研究家である春日太一が、
なぜ五社英雄の人生を描く気になったのか、
その人生そのものの数奇さにもあるだろうし、
彼が「三匹の侍」を作り上げたからとも言える。
いずれにしても枠にはまらない人であるし、
こういう人がいないとやはり時代は変わらない。

太く短い人生ではあるが、
残したものは大きかったと思う。
残念ながらその多くは忘れられていく運命だろうから、
こうした形でその人生の一端をのぞける私たちは幸運かも知れない。

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「サイコパス」 [電子書籍]


サイコパス (文春新書)

サイコパス (文春新書)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/11/18
  • メディア: Kindle版


内容紹介
平気でウソをつき、罪悪感ゼロ……そんな「あの人」の脳には秘密があった!
外見はクールで魅力的。会話やプレゼンテーションも抜群に面白い。
しかし、じつはトンでもないウソつきである。不正や捏造が露見しても、
まったく恥じることなく平然としている。
ときには、あたかも自分が被害者であるかのようにふるまう。
残虐な殺人や善良な人を陥れる犯罪を冷静沈着に遂行する。
他人を利用することに長け、人の痛みなどこれっぽっちも感じない。
――昨今、こうした人物が世間を騒がせています。しかも、この種の人々を
擁護する人も少なくありません。そうした人物は高い確率で「サイコパス」なのです。
もともと「サイコパス」とは連続殺人鬼などの反社会的な人格を説明するために
開発された診断上の概念です。しかし精神医学ではいまだ明確なカテゴリーに
分類されておらず、誤ったイメージやぼんやりとした印象が流布していました。
ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々に明らかになっています。
脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、
一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことがわかってきたのです。
しかも、サイコパスとは必ずしも冷酷で残虐な犯罪者ばかりではないのです。
大企業のCEO、政治家、弁護士、外科医など、大胆な決断をしなければならない職業の人に
サイコパシー傾向の高い人が多いという研究結果もあります。
最新脳科学が、私たちの脳に隠されたミステリーを解き明かします。

あらかたの内容は上記に記されている。
この本が話題になっていて、
「読みたい」と思いつつも積ん読のために後回しになっていたが、
ふとしたきっかけから「読まねば」と思った。
それは著者がラジオに出演し、
そこで「人の心の痛みがわからない」という表現をしたことだった。

私の雇用主は社会的には成功者である。
しかしこと人を使うことは巧くない。
言動に容赦がなく、
自分基準でものごとをすすめようとして、
それに沿わないと容赦なくせき立てる。
一時は半年に一人の割合で人が入れ替わっていたという。
一方私は適応障害の反対で過剰適応である。
そういう人であることをくみ取って、
言われる前に事を片付けてしまう。
それは自分に犠牲を強いる。
雇用主の方針で残業を許さないので早出をして、
他社の出勤前に仕事をある程度片付ける。
つまり彼は私に対してせき立てることはできなかった。
しかしその代わりに時折とんでもない発言を投げつけた。

「病気なんかしたことないから病気の人の気持ちなどわからないだろう。」

母親の介護を中学の頃から8年やって、
激痛にもんどり打ちながらその数年前に子宮摘出したことなど何も知らない。
そしてうつ病になってやっと働ける様になった時に、
その言葉を浴びせられた。

「私の過去の何を知っているんですか?」

震える声で私は言った。

「何も知らない。」

つまり悪気なく一見健康そうだから口にしただけなのだ。

そうした発言はその後も度々あった。

「あなた、頭がおかしいよ。」

そう言われたこともあった。
その一方で職業倫理上、
病気欠勤などには理解を示す。
そのギャップがわからなかった。
一見情け深そうな態度を示すのだが、
その一方で人格や人生を否定するようなことを平気で口にする。
それに対して何が不快だったのかを訴えても、
ピンとこないのかうわべだけの謝罪もない。
その時にふと考えた。

「この人には人の心の痛みがわからないんじゃないだろうか。
 もしかしたら良心というものがない部類の人間なんじゃないだろうか。」

仕事でも人の不幸が大好きで、
不幸な事故が起こると人一倍張り切って対応する。
こと死亡事故、病気で死亡などがあれば、
必要もないのにいろいろなことを調べ、
調べたことを聴きたくもないのにベラベラと喋って、
自分の知識として披露する。
自己顕示欲と出世欲だけは人一倍、
部下の手柄は自分の手柄、
何が起こっても自分の都合が優先。

読んでわかった。
彼は「勝ち組サイコパス」である。
反社会的行動はないが、
それ以外の部分はピッタリ当てはまるのだ。
偉業を成し遂げる人たちにも、
「勝ち組サイコパス」らしき人たちがいると書かれているが、
まさしくそれだった。

一定割合で「サイコパス」が存在する以上、
共存を考えていかねばならないと書かれているが、
その具体的方法は何も記されていない。
おそらく多くの「勝ち組サイコパス」と一緒にいる人間は、
その一番痛いところや弱いところをつかまれ、
地団駄を踏みつつもその能力の高さ故に悶々としていると思う。
彼らが正論を言えば言うほど打ちのめされ、
「自分が悪いんだ」と追い詰められているに違いない。

生憎私にも良い方法は思い浮かばない。
人の心の痛みがわからない人に理解させることはできない。
良心がないのに何が人を傷付けるのかわからせることはできない。
それ以上に彼らは社会的には成功しているから、
一定距離を置いて付き合う分には、
適当に持ち上げておけば良い気分になっている。
大きな会社や社会であれば、
一定距離を取ることも可能だろうし、
多くの人間の中で適当に憂さ晴らしもできるだろう。
彼らと付き合って行くにはその程度のことしか考えつかない。
まともに彼らの容赦ない発言を受け止めない。
所詮は「サイコパス」なのだと思うしかない。

しかしそれでも彼らは痛いところをほじくり出すだろう。

なまじ社会的成功者が多いだけに、
「負け組サイコパス」よりも「勝ち組サイコパス」は扱いにくい。
早くその解決策を提示してくれることを希望する。
彼らに追い詰められた人たちが命を絶ったりする前に。

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「怖い絵」 [電子書籍]


怖い絵<怖い絵> (角川文庫)

怖い絵<怖い絵> (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
  • 発売日: 2016/03/25
  • メディア: Kindle版


内容紹介
残酷、非情で甘美……名画の“怖さ”をいかに味わうか。「特に伝えたかったのは、これまで恐怖と全く無縁と思われていた作品が、思いもよらない怖さを忍ばせているという驚きと知的興奮である」。絵の背景にある歴史を理解してこそ浮き彫りになる暗部。絵画の新しい楽しみ方を提案して大ヒットした「怖い絵」シリーズの原点が、満を持しての電子書籍化。ドガの『エトワール』、ラ・トゥールの『いかさま師』など全22作の隠れた魅力を堪能!
電子書籍版の絵画はすべてオールカラーで収録されています。
本書には、紙版に収録されていた以下の2点の絵は収録されておりません。
フランシス・ベーコン「ベラスケス〈教皇インノケンティウス十世像〉による習作」
岸田劉生「切通之写生」

日本に残された芸術の世界は、
基本的に絢爛豪華なものであったり、
仏教関係であったり、
当時の暮らしを写し取ったような作品は少ない。
むろん残ってはいるのだが、
鳥獣戯画のようなものが多く、
そこに悪意やとんでもない社会の秘密が潜んでいることは少ない。
日本人は皮肉を洒脱に描く方向だったのかもしれない。

一方のヨーロッパは、
宮廷が抱えた画家たちも多く、
あるいは宗教画も多くあり、
いろいろな意味で古くからの名画の宝庫である。
いわゆる「パトロン」の存在が、
才能さえあれば絵をかいて生活することを許した。
しかし彼らとて、
注文に応じた美しい絵ばかり書いていたわけではない。
当たり前だ。
おべっかばかり使っていればいつかは限界が来る。
そのはけ口が必要だったはずだ。

この本では時代背景やそこの描かれた人たちの氏素性の推測、
描いた画家たちの立場や心持、
いろいろなものを解説しながら、
一枚一枚の絵をじっくりと眺められる。

実際王族や貴族に飼われていた画家は、
気に入らなければ捨てられる。
その一方で好きなものを書いている画家も、
ただ美しいものをかくばかりではない。
誰もがほめそやす美しく描かれた作品の一方で、
人間や或いは神たちのいたずら心や残酷さ、
そういうものを描かずにいられない。

結構ショックが大きかったのが、
ドガの踊り子たちについての記述である。
純粋に美しい踊り子たちを描いていたと思っていただけに、
当時の時代背景や踊り子たちの立場、
そういう社会だったのかと初めて知った。

日本人には想像もつかない社会の在り方は、
芸術にも暗い影を落とす。
その「怖さ」を知ってからまじまじと見ると、
何とも血生臭い戦争と権力争いの歴史を垣間見ることができる。

こんな芸術鑑賞もけっこうおもしろいものである。

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「ひとりっ子の頭ん中」 [電子書籍]


ひとりっ子の頭ん中 (中経の文庫)

ひとりっ子の頭ん中 (中経の文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 中経出版
  • 発売日: 2014/12/10
  • メディア: Kindle版


内容(「BOOK」データベースより)
ひとりっ子ほど、わかりやすい人間はいない!?ひとりっ子への徹底した対面取材に、きょうだい持ちへのヒアリング、ひとりっ子に詳しい心理カウンセリング専門家への取材など、多角的にひとりっ子を見つめなおした本書で、ひとりっ子の取扱法がまるわかり。

一人っ子でB型と来れば、
まぁ「マイペース」だの「わがまま」だの言われる言われる。
だけど社会で仕事ができないわけでもないし、
逆に自分のペースを崩さず無駄な残業もせず、
きちんとこなすことはこなすから、
社会人としての能力は低いと思わない。
(そういうところが一人っ子気質なのか?)

ここで取り上げられるのは、
統計学的にどうのこうのというほどの例もないし、
あくまで筆者が一人っ子として受けてきた、
不当な扱いや差別のようなもの、
あるいは一人っ子ならではの負けないぶり、
そういうものを面白おかしく書いているという内容。
だから「一般的に」とかいうことはできても、
「傾向と対策」なんてありゃしない。
なにせ一人っ子であることを肯定しているしw。

別に一人っ子だからって人に気を許さないわけじゃないけど、
兄弟がたくさんいる人みたいに日々サバイバルじゃないから、
特殊な価値観を持っていることも確か。

まぁ気張らず、
「こんなもんかな~」くらいの気持ちで読んでくださいw。

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「縮みゆく男」 [電子書籍]


縮みゆく男

縮みゆく男

  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2013/09/10
  • メディア: Kindle版


内容紹介
スコット・ケアリーは、放射能汚染と殺虫剤の相互作用で、一日に7分の1インチずつ身長が縮んでゆく奇病に冒されてしまう。
世間からの好奇の目、家庭の不和。昆虫なみの大きさになってなお、孤独と絶望のなか苦難に立ち向かう男に訪れる運命とは?
2013年7月に逝去した巨匠マシスンの代表作を、完全新訳で25年ぶりに復刊。巻末には『ランボー』の原作者デイヴィッド・マレルによる詳細なあとがきも収録。
ジャンルを超えて人間の実存と尊厳を問う感動のエンターテインメント!
〈解説 町山智浩〉

おそらく多くの人が感じていることだろうが、
「縮む」=「老い」のメタファーである。
実際に身体が縮むのはもちろんだが、
老いることによって尊厳を失ったり、
他人から同情されたり憐れまれたり、
或いは馬鹿にされたり蔑まれたり。
それを実際に身体が縮むという奇病、現象によって、
スコットはとんでもない経験をと恐怖を感じる羽目になり、
縮みながらも男として大人として失うことがない思考や能力、
それと相反するように周りからは認められなくなるジレンマ、
そしてやがて迎えるであろう終焉への恐怖と生への執着、
これが老化への恐怖や実感の凝縮と言わずして何と言おうか。

そもそもリチャード・マシスンという人は職人的で、
とにかく人を面白がらせる怖がらせることにかけては天下一品。
日本でもファンは数多くいるだろうし、
もしくは映画脚本、原作に関しては、
全く意識せず彼の作品に魅せられている人も多いだろう。
試しに彼の名前を入れてAmazonで検索してみるといい。
シチュエーションに違いはあれど、
追い詰められた人間の心理と行動描写には脱帽である。

本作も一日に7分の1インチずつ身長が縮んでゆく男が感じる、
男として人間として失っていくもの、
それでも人間としての尊厳は保っていること、
やがて迎えるであろう終焉への恐怖が詳細に語られる。
しかしどんどん縮んでいく以上、
何時かは消滅してしまうはずなのだが、
なぜ「消えゆく男」ではないのか?
その答えはクライマックスにある。
そしてそれは途轍もなく爽快であると感じたのは、
もしかしたら私だけだろうか。

そもそもラジオで町山氏が紹介したことで読み始めたのだが、
その解説も電子書籍には収録されている。
珍しいくらいにあとがき、解説がきちんと収録されているので、
それを読むのも楽しみだといえるだろう。

人間の存在とは何なのか。
読み終わった後にふと考えてしまう作品である。


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「沈黙」 [電子書籍]


沈黙(新潮文庫)

沈黙(新潮文庫)

  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1981/10/19
  • メディア: Kindle版


内容紹介
島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける長編。

直接的な映像と時間には耐えられなくても、
文章なら耐えられると思い。

遠藤周作を読むのは何十年ぶりか。
「海と毒薬」が強烈で、
面白いと思いながらも近づかなかった。
というよりも、
高校生だった私にとって、
当時はSFの方が魅力的だったのだ。

何とも言えない気分である。
もちろん国の都合で切支丹の布教を迎え入れ、
都合が悪くなれば弾圧する。
そんなことは今も昔も変わっちゃいない。
労働力がほしいからイスラム圏の人たちも受け入れたが、
今はテロが怖いから拒否する。
どこの国もどの時代も変わらない。

読んでいてぞっとしたのは、
日本という国について筑後守や通辞が語るシーンである。
日本に根付いたと思われる切支丹は、
本当の切支丹ではない。
彼らが崇拝するのは神であって神ではない。
偶像崇拝を日本人は受け入れない。
苦しい生活の中ですがれるものに縋りついたに過ぎない。
そんな日本に切支丹は根付かない。

日本の歴史は確かにそういうことの繰り返しだった気がするのだ。
君主という具現的な崇拝する存在がいて、
仕える者たちは命を捨てる。
一方の百姓たちは貧しく苦しい生活の中で、
基督という縋れる対象を教えてもらい、
純粋に無垢に救われるために信仰する。
それが時代を経て、
明治以降は現人神としての天皇が絶対になる。
日本国民が一体となって、
「天皇陛下万歳!!」叫んで特攻する。
本当に守りたいものは家族だっただろうに、
それを言葉にできないから、
その身代わりとして「天皇陛下」のためにと戦う。
戦後の安保もまた同じだ。
アメリカの占領下から翻って、
安保法制に対してデモが起こる。
目に見えない敵ではない。
守りたいものは独立国日本。
そしてやがて過激派が出現する。
彼らにも最初はイデオロギーがあった。
しかしやがて彼らは追い詰められて疲弊し、
自らゲシュタルト崩壊して内部分裂を起こす。
そこに絶対的な存在があったら、
もしかしたら違ったかもしれない。

では今の日本ではどうか?
70年以上も戦争のない生活を続け、
「なんとくこのままでいいんじゃない?」的な雰囲気で、
縋るものを必要としてこなかった。
現人神ではなくなったが、
人間天皇がある意味求心的役割を果たし、
数々の天災による国民の心を癒してきた。

なぜ神は沈黙を続けるのか。
試練の時に神は声をかけてくれないのか。
自分が棄教しないがために、
罪もない農民たちが死んでいく。
自分さえ転べば布教は途絶えるが、
無駄な拷問や命の危機は救える。
どうすればいいのか迷った時にこそ、
神の教えと神の声がほしいのに、
ロドリゴにはその声が聞こえない。

ロドリゴの書簡の下りを読んでいるうちに、
確かに当時の日本人が信じたものが、
本当の意味での基督教だったのか、
多少なりとも疑問に思ってきた。
「親鸞」を読んでいるときも思ったが、
「念仏を唱えるだけで救われる」という教えにすがるのは、
果たして宗教としてありうるのか?
「神に祈り続ければ信じ続ければ救われる」
踏み絵をしてもなお拷問を受ける農民たちの、
心が描かれていないだけに想像するしかない。
踏み絵を拒んで世にも残酷な死刑を執行されるモキチは、
最後まで神への言葉を口にしていた。
拷問を恐れて簡単に転んだキチジローは、
踏み絵をしてもなお、
パードレを売り渡してもなお、
ロドリゴに縋って告解して許しを求める。

「神をも恐れぬ」という比喩があるが、
「神」とはいったい何なのか。
「神の声」はいつどこで聞けるのか。
ロドリゴは踏み絵をしたことによってそれを知る。
フェレイラはどうだったのかわからない。
基本的に強い宗教心を持たない日本人にとって、
最後に祈る対象は何なのだろうか?

クリスマスを祝い、
除夜の鐘を聴き、
初詣をする日本人の宗教観は複雑である。
というよりはあまり深く考えてはいない。
だとしたら神の声はどこから聞けるのか?

自分にも無縁な話ではないだけに、
やはり深く考えさせられる話であった。

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「まひるまの星 紅雲町珈琲屋こよみ」 [電子書籍]


まひるまの星 紅雲町珈琲屋こよみ (文春e-book)

まひるまの星 紅雲町珈琲屋こよみ (文春e-book)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/01/16
  • メディア: Kindle版


内容(「BOOK」データベースより)
コーヒー陶と和食器の店「小蔵屋」の敷地に、山車蔵を移転する話が持ち上がった。祭りの音が響く真夏の紅雲町で、草は町全体に関わるある重大な事実に気づく―日常の奥に覗く闇にドキリとする、シリーズ第5弾。

「罪の声」が重かったので、
お草さんに癒されたくて。

でもシリーズの中で一番重い話だった。
今まではちょっとした心の機微や、
そこから偶然生み出される謎が中心だったのに、
今回は謎が厳然たる事実であり、
それを巡ってお草の母とうなぎ屋の清子が仲違いした事実。
本当に悪い人は誰もいない、
はずなのになぜか今回は今一つすっきりしない。
いや、実際今回はいるのだ。
だからひっかかるのか?

作品が進むごとに、
お草さんも年を召していく。
今回は長編で事件が複雑なこともあってか、
小蔵屋の催し物も控えめな表現と回数で、
お草さんのアイデアウーマンとしての面白さが好きなものには、
少々残念な感じがする。
筆者は小蔵屋を終わらせるときにシリーズを終わらせるつもりなのか、
それはわからないが、
だんだんお草さんの年齢とともに、
小蔵屋も年月を経て色あせていく様が見えるような気がする。

今回の事件は町内で起こったことだが、
真相は町民でさえも最後まで知らない。
そしてすべては憶測の域を出ない。
その曖昧さがこのシリーズの良さでもあるが、
ちょっと今回は強引な気がする。

一つの小さな町で起こる出来事と、
小さな食器と珈琲を商う女性の物語としては、
そろそろ限界なのかもしれない。

すっきりとほんわかとしたくて読んだのだが消化不良。
事件物として読むにはいいのかもしれないが、
特有の雰囲気を楽しんできたものとしては、
少々肩透かしの一作である。

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