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「ドラマ鬼平犯科帳」ができるまで [電子書籍]


「ドラマ鬼平犯科帳」ができるまで (文春文庫)

「ドラマ鬼平犯科帳」ができるまで (文春文庫)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2017/01/06
  • メディア: Kindle版


内容紹介
鬼平犯科帳は永遠に!!
昨年、遂に幕を閉じたTV「鬼平犯科帳」シリーズ。
その長い歴史を振り返り、製作スタッフの貴重な証言を聞き取るファン必読の書。
28年間に渡り放送された「鬼平犯科帳」。
その人気の秘密を番組スタッフのプロデューサーから殺陣師や録音技師、美術監督などに直接インタビュー。
今の世で正統的時代劇を放送する上での、苦労話、ここだけの話、内緒の話がテンコ盛り。
さらに「オール讀物」に掲載された「鬼平」関連の記事も収録。
目次
序章 鬼平、京都へ行く
第一章 スタッフインタビュー
第二章 ドラマ『鬼平』の魅力を検証する
終章 鬼平、京都を去る

基本的にあまり時代劇は観ない。
子供のころ親の付き合いで「大岡越前」など観たが、
その頃は「勧善懲悪」の単純さに、
特に何を感じることもなかった。
ひねた子供だったのだ。
この歳になっても、
大河ドラマは主演や脚本が興味深い時だけ。
所詮「フィクション」だと思っているので、
それで歴史について詳しくなろうなどとは思わず、
普通のドラマを観る感覚でしかない。
そして世にも珍しいかもしれないが、
「鬼平犯科帳」を一話たりとも観たことがないのであるw。
私の周りに鬼平ファンは多いけれど、
そこでそっぽを向くへそ曲がりぶりで通してきた。
もちろん原作すら読んでいない。

その私がなぜこの本を読み始めたか。
簡単である。
春日太一が熱を入れて書いた作品だからだ。
著者を知ってから古い時代劇を観るようになった。
特に市川雷蔵はお気に入りである。
もっとも市川雷蔵に関しては「陸軍中野学校」からのファンではあるが。

何も知らずに読み始め、
最初のうちはノロノロと読み進めていたものが、
スタッフの話あたりからがぜん面白くなり、
著者が嘆く「時代劇が滅びる」現実と照らし合わせながら、
なぜ世にもまれな時代劇が生まれたのか、
実に興味深く読み進んでいった。

そして実際のドラマの内容を踏まえた検証、
スペシャル枠になってからの切れのなさへの言及、
脳内で知っている範囲の鬼平が動き回りながら、
あまりの面白さにノンストップ状態だった。

おそらくこの後もすべての鬼平を観ることはないだろう。
ただ折あらば「観てみたい」という気持ちにもなれた。
それは何よりも、
まったく知らなかったこの作品の主役である。
「鬼平犯科帳」という題名から、
勧善懲悪ものとすっかり思い込んでいたが、
実は主役はいろいろな事情を抱えた盗賊たちであり、
鬼平が抱える密偵たちの物語に魅了されたからである。

むろん池波正太郎の原作を読破する手もある。
しかし今のところ、
積読が山のようにあり、
Blu-rayもDVDも山積みである。

この一冊で鬼平のすべてを味わったとは思わないが、
その一端でも知ることができて、
魅力を感じることができたのは至福である。

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おしゃれはほどほどでいい 「最高の私」は「最少の努力」で作る [電子書籍]


おしゃれはほどほどでいい 「最高の私」は「最少の努力」で作る (幻冬舎単行本)

おしゃれはほどほどでいい 「最高の私」は「最少の努力」で作る (幻冬舎単行本)

  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/10/24
  • メディア: Kindle版


内容紹介
自分を変えるのはこんなにカンタン!
「赤い口紅」と「お気に入りの一着」があればいい。
だって私たちには、時間がないんですもの。
元ピチカート・ファイヴのおしゃれカリスマがたどりついた、「見た目」と「幸せ」の方程式。
「今の私って、案外悪くない」とずっと思っていたい。でも、「特別なことは何もやっていない」。
ピチカート時代から変わりなく、おしゃれさ、輝きを保ち続ける、野宮真貴さん。しかし、冒頭のように、「特に何もしてない」とおっしゃいます。でもどうやら、特別なことはやっていないけれど、特別じゃないことを続けていらっしゃるよう。野宮さんが「今が最高の私」と言えるために続ける「特別じゃないこと」「普通のこと」がギュッと凝縮された一冊です。
たとえば――、
・いつも同じ服でいい。
・いざという時は黒に頼る。
・ワンピースは最強最速のおしゃれ着。
・アクセサリーはどんどん重ねづけする。
・ブローチがあれば服にストーリーが生まれる。
・赤い口紅だけできちんとメイクが演出できる。……などなど
手っ取り早く見た目を整えて、余った時間とお金は他の人生の楽しみに使いましょう!

思えば渋谷系でしたw。
バブルの時代休みの日には渋谷へ繰り出し、
ファッションは丸井か西武でお買い物。
人生の先行きなんて何も考えていなくて、
自分の好きなファッションにまみれて、
一番幸せな時代だったかも。

それから四半世紀。
今の私はファストファッションのおばさん。
「どうせ誰に見せるわけでもなし、
 どうせ誰が観ているわけでもなし、
 清潔で小綺麗にしていれば充分。」
ちょっとしたお出かけ着は別にして、
普段着はファストファッションまみれ。
それがいきなり変わったのがおととし。
IY、西武そごうとのコラボでジャンポール・ゴルチエ復活。
そこで火が付いた再びのおしゃれ心。
財布のひもが一気に緩んで、
身の程知らずに買いまくる。
そこに知った野宮さんプロデュースの赤い口紅。

「あ、今までの私は本当にただのおばさんだったんだ」

自分ではそれなりにしているつもりでも、
「ちゃんとしている」ことから遠ざかっていたのだと実感。

で、今年の衣替えで気が付いた。

「ほどほどに良いもので良いから、
 もうそんなにたくさんはいらない。」

安いものはそれ以上の価値がなければ2年目にはリサイクルへポイ。
その代わり気に入ったものは、
大事に切るし洗うししまうし、
それころ「ちゃんと」扱っていることを実感。

そこにこの本の登場。

もういちいちもっともでぐうの音も出ませんw。
もちろん野宮さんのようにスタイルもよくないし、
芸能人ではないから彼女の真似はできないけれど、
「ちゃんとする」「過剰にしない」
そのことを改めて実感。
それを踏まえての「ほどほど」。
得てしておばさんは過剰になりがち。
化粧も服もやりすぎになりがち。
そこをマイナスしていくことで、
スタイリッシュな自分になっていく。
そう。
ゴルチエの服もKenzoの服も、
一見過剰に見えるし過激にも感じられるんだけど、
それ1枚で充分におしゃれだったりして、
下手に飾り立てないことで自分も服も本領発揮。
野宮さんの言うワンピースやアンサンブルとは対極だけど、
それを基本にシンプルな良いものを合わせれば、
それで充分ほどほどにおしゃれ。
無印良品は相変わらず大好きだけど、
形や素材を選んで買うとそれだけでおしゃれ。
そして無印の持ち味であるシンプルさが、
より一層引き立つことになる。
無印をファストファッションに分類されると、
「それは違うと思うんだけど」と思ってしまう私。


野宮さんの年齢に言及する気はないけれど、
自分よりも年上の彼女が、
なぜ特別ではなくてもきれいでおしゃれなのか、
その秘訣を惜しみなく教えてくれる。
そしてその原動力がどこにあって、
どんな気持ちがそれを支えているのか。

おばさんになったからこそ、
気持ちの持ちようと、
ほんのちょっとの努力が必要。
ほんのちょっとの良いものが必要。
ほんのちょっとの気遣いが必要。

でも毎日それが出来れば苦労しないw。


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「たのしいプロパガンダ」 [電子書籍]


たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)

たのしいプロパガンダ (イースト新書Q)

  • 出版社/メーカー: イースト・プレス
  • 発売日: 2015/09/10
  • メディア: Kindle版


内容紹介
本当に恐ろしい大衆扇動は、
娯楽(エンタメ)の顔をしてやってくる!
戦中につくられた戦意高揚のための勇ましい軍歌や映画は枚挙に暇ない。しかし、最も効果的なプロパガンダは、官製の押しつけではない、大衆がこぞって消費したくなる「娯楽」にこそあった。本書ではそれらを「楽しいプロパガンダ」と位置づけ、大日本帝国、ナチ・ドイツ、ソ連、中国、北朝鮮、イスラム国などの豊富な事例とともに検証する。さらに現代日本における「右傾エンタメ」「政策芸術」にも言及。画期的なプロパガンダ研究。

「プロパガンダ」というと、
ナチスや旧共産圏の国ぐにを思い浮かべることが多いだろう。
事実当時のポスターなどは、
その内容はともかくとして、
美術的には非常に価値が高いと思われるものが多い。
今見てもそこに書いてある文句は別にして、
その構図や訴求力の強さは目を見張るものがある。
一方戦前の日本はださい。
わかりやすいという点は評価するが、
欧米のプロパガンダと比べると、
どこか国民をバカにしているというか、
「とにかく国の言うことに従いなさい」ということしかない。
「プロパガンダ」とはそういうことではないと解釈している。
直接的なメッセージのみならず、
それを目にする耳にすることによって、
知らず知らずのうちに思想や思考が変えられていく。
それこそが「プロパガンダ」の真骨頂だと思うのだ。
ちなみに戦前日本のプロパガンダという点では、
民間企業の広告の方がよほど優れていた。
官僚、軍部指導の直接広告がダサいという点では、
今も昔も変わらない。

時代は変わって現代。
現在は力を落としているイスラム国ではあるが、
彼らのメディアを駆使したプロパガンダはすさまじい。
もともとイスラム圏のテロリストにはありがちなのだが、
視覚的効果、キャッチフレーズ効果を多用する。
そのあたり日本の政党にも見習ってほしいくらいだ。
(その思想や行動は見習っていただく必要はない)
北朝鮮のプロパガンダは言うに及ばずだろう。
何しろ独裁政治のもとで、
どこまでが本当でどこまでがウソなのかわからない指導者を仰ぎ、
「この国こそこの国の指導者こそ世界一」と思わせるのだから、
そのプロパガンダと教育は徹底したものである。
興味深かったのは金正日の映画を使ったプロパガンダである。
「プルガサリ」という怪獣映画は日本人も技術協力しているので知ったいたが、
それ以外にも抗日教育の一環として多くの映画を作っていた。
実際今Amazonを検索すると日本でも入手できるのだ。
もちろん観ていないけれど、
大体の内容は想像がつく。
娯楽(エンタメ)を利用した金正日のプロパガンダは、
非常に効果的だったことだろう。
ちなみに戦前日本でも同じように、
国威発揚映画が作られていたことはもちろんだが、
抑圧されて娯楽が少なければ少ないほど、
その娯楽によって洗脳されてしまう可能性は高くなる。
というか、
自分たちがつらい目に遭っているのはこういう意味があるのかと、
自家撞着に気づかずに自分たちを納得させるしかないからである。

では現代日本は?

最近やたらと目につく萌え系アニメとのコラボである。
私はゲームもやらないし、
萌え系にも全く興味がないので知らなかった。
筆者はこの本の中で右傾化する日本のプロパガンダにも触れている。
やり玉に挙がっているのが百田尚樹であり、
自衛隊の募集ポスター、防衛省の広報誌である。
百田尚樹という人がどういう人かは今更書くこともないが、
日本中が涙したという触れ込みの「永遠の0」を読んでも、
私にはどうしても納得がいかないことが多すぎた。
百田尚樹というエンターテイメント作家は幅広いので、
面白い作品もたくさんあるのだが、
首相とお友達になってからどうもきな臭さに拍車がかかり、
しょっちゅう炎上しているのは周知のとおりである。
これをプロパガンダに含めるのであれば、
余りに稚拙なプロパガンダだと言わざるを得ない。

本書は現在の日本のプロパガンダを評するために、
右傾化を批判しているようになってしまった。
その点は非常に残念であり、
中立的に評してほしかったと思うのだ。
それをどう受け取ってどう感じるかは読者に任せてほしかった。

噂の範疇でしかないが、
ここで取り上げられなかった事象や歌舞曲など、
プロパガンダであったといわれるものは多い。
大衆は娯楽(エンタメ)に乗せられて、
実に巧妙に誘導されていくものである。
それに気づいたとしても多勢に無勢、
少数がそれに抗したとしても無意味な場合は多い。
こうしたプロパガンダに抗するのに一番効力を発するのは、
トロイの木馬かもしれない。
取り込まれたふりをして腹の中から食い破る。
もちろんそんな時代が来ないことを祈るが、
世界中であふれるプロパガンダは決して止まることはない。
覚えておかなければならないのは、
プロパガンダは「たのしい」ということだ。
人々の興味を誘い、
巧みに精神に浸透していく。
気が付いた時には・・・。

もう少し資料の内容を充実させてほしかったところだが、
これはこれでなかなかに面白い読み物であった。


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「バッタを倒しにアフリカへ」 [電子書籍]


バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/05/20
  • メディア: Kindle版


メディア掲載レビューほか
一発逆転を狙ってモーリタニアに旅立った“バッタ博士"の記録
「大学院を出て、ポスドクとして研究室にいた頃は、安定した職もなく、常に不安に苛まれていました。博識でもなく、誇れるような実績もない。友達と楽しく飲んでいても、トイレにたったときに研究の手を止めた罪悪感に襲われる日々でした。なので、一発逆転を狙おうと」
日本ではスーパーで売っているタコの産地として知られるモーリタニア。バッタ研究者だった前野さんは、思い立って一路モーリタニアへ。このたび、かの地で経験した一部始終を記した『バッタを倒しにアフリカへ』を出版した。
「サバクトビバッタはアフリカで数年に1度大発生し、農作物に大きな被害を与えています。私はこのバッタの研究者なのに、人工的な研究室で飼育実験ばかりしており、野生の姿を見たことがなかった。自然界でのバッタを観察したいという気持ちもありました」
本書は、現地の言葉(フランス語)もわからずに飛び込んだ前野さんの冒険の記録でもある。
「渡航ぎりぎりまで、研究室でバッタを育てていて、フランス語の勉強を後回しにしちゃったんです。もう、とにかく現地に入れさえすれば、なんとかなるという気持ちでしたね。自分も人見知りではないほうでしたが、モーリタニアの人々は、道ゆく人がお互いに話しかける人懐こい人たちで、笑顔をつくる機会が多かったです。ちょっと分からないことがあっても、とりあえず笑顔で押し切りました」
世界的にみても、野生のサバクトビバッタの生態観察は、約40年ぶりになると前野さんは語る。活動が認められ、モーリタニアの高貴なミドルネーム「ウルド(〇〇の子孫)」を現地の上司から授かった。
現地にいってからも、なかなか出会えなかったバッタの大群。ついにまみえると、前野さんは長年の夢をかなえるべく、緑の全身タイツに着替えて仁王立ちに。本書のクライマックスだ。
「子どもの頃に、バッタの大群に女性が襲われ、緑色の服が食べられたという記事を読んで、自分もバッタに包まれてみたいと思っていたんです。今回、バッタにはスルーされましたが、なぜ私の衣装が食べられなかったのかも、ちゃんと調べています。アホかと思われるかもしれませんが、この夢を叶えるためにはバッタの食欲や飛翔、そして群れの動きを予測するための様々な研究が必要です。最終的に、私の頭の悪い夢がアフリカをバッタの食害から救うかもしれません」
評者:「週刊文春」編集部
(週刊文春 2017.07.06号 掲載)

ここまでの書評があれば、
私ごときが何を書こうというのかw。

要するに題名が全てを表しているので、
ある意味「モーリタニア紀行文」的にも読める。
もちろん最終目的は「バッタ被害の防止」なのだが、
何しろモーリタニアに着くなり、
60年ぶりの大乾季が訪れ、
雨がなければ大量発生しないバッタを追いかけるものの、
悲しいことに空振りの年となる。
人生の一発大逆転を狙った割には、
思いがけない不運から始まるのだ。
「学者貧乏」とはよく言ったもので、
昨今はIPS細胞で有名な山中教授でさえ、
「日本は若い人たちの研究環境が整っていない」と嘆く。
今や大学院へ行くことはステイタスでもなんでもなく、
研究者として生きるためには、
自ら多くの論文を書いて研究機関に認めてもらわなければ、
自分の好きな研究を続けることもできないのだ。
日本にいる害虫の撲滅とか研究していれば、
企業のニーズもあろうが、
アフリカで大量発生するバッタを退治するニーズがあるはずもなく、
著者は綱渡りの状態でモーリタニアでのバッタを追う生活を続ける。
余りにバッタに出会えないがゆえに、
どうしても論文を書くためにゴミムシダマシという虫の研究をしてみたり、
そこからの副産物ハリネズミを飼ってみたり、
いろいろと脱線しながらも、
彼は「バッタに食べられること」を最終目標に、
緑の全身タイツをもってバッタを追いかける。

この本がなぜ面白いかといえば、
ひとえに悲壮感がないからだろう。
書く人によっては「だめだ、今年もダメだった」「もう帰りたい」
そうなりかねないような日常なのに、
著者は自分で自分の生活の楽しみを見つけていく。
食事も生活習慣も拒絶することなく、
「郷に入っては郷に従え」式に生きている。
めんつゆで小さな幸せを味わいながらw。
研究者というとストイックなものだと思いがちだが、
著者はそういうものとはちょっと違うところにいる。
まぁ究極の人生の希望が、
「バッタに食べられること」であり、
バッタが好きすぎてバッタアレルギーになったくらいだから、
我々が考える類型的なポスドクの研究者とは違いすぎる。
だからこそこれほどまでに話が面白く、
特に文章がうまいわけでも何でもないが、
最後まで笑いながら感動しながら読んでしまうのだ。

日本の教育費は世界最低レベル。
その中で研究している人たちは非正規職員。
何かが狂っている。
日本だけではなく、
世界的に貢献できる研究であっても、
研究費をもらうのに四苦八苦。
著者は笑わせながら書いているが、
本当のところ、
そういう自分たちを取り巻く環境はアフリカより厳しいといいたいのかもしれない。

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「成功者K」 [電子書籍]


成功者K

成功者K

  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2017/03/10
  • メディア: Kindle版


内容紹介
ある朝目覚めると、Kは有名人になっていた。TVに出まくり、寄ってくるファンや知人女性と性交を重ねるK。これは実話か、フィクションか!?又吉直樹氏推薦、芥川賞作家の超話題作!

正直読み切るのがつらかった。
男の人はどう感じるかは知らないが、
微妙な性描写や女をモノとしてしか見ていないような感覚に、
途中で何度もくじけそうになった。

そしてようやく読み終わったとき、
脳裏に浮かんだのは自分の尾っぽを加えて丸くなった蛇。

どこまでが羽田圭介でどこまでが成功者Kなのか判然としない。
羽田圭介が自分の生活の変わりようを、
面白おかしく脚色して描いているのであろうが、
その描き方が露悪的というか、
最悪のやり方をしているとしか思えない。
極端であればあるほど、
「本当の羽田圭介は違うよ」と裏に書いてあるようであり、
それがゆえにフィクションであろう部分の、
欲望がむき出しの部分に男の本性を感じてしまった。

そもそも「スクラップアンドビルド」しか読んでいないので、
特別何を期待していたわけではない。
ただなんだかとても残念な気持ちになった。

そういえば羽田圭介、
「飛べサル」のピンチヒッターもやったっけ。
今思えばQRも何を考えたんだか。


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「あぁ、だから一人はいやなんだ。」 [電子書籍]


あぁ、だから一人はいやなんだ。 (幻冬舎単行本)

あぁ、だから一人はいやなんだ。 (幻冬舎単行本)

  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2017/06/16
  • メディア: Kindle版


内容紹介
寂しいだか、楽しいだか、よくわからないけど、日々、一生懸命生きてます。
人気芸人の、笑って、共感して、思わず沁みるエッセイ集。
全力で働いて、遊んで、吞んで、笑って、泣いて……の日々。
ぎっくり腰で一人倒れていた寒くて痛い夜。いつの間にか母と同じ飲み方の「日本酒ロック」。緊張の、海外ロケでの一人トランジット。酔ってヒールでこけて両膝から出血の地獄絵図。全力の悪ふざけ、毎年恒例お誕生会ライブ。女性芸人仲間の感動的な出産。“吞兵衛一族”の冠婚葬祭での豪快な吞みっぷり。40歳で体重計を捨ててから止まらない“わがままボディ”。大泣きのサザン復活ライブ。22歳から10年住んだアパートの大家さんを訪問。20年ぶりに新調した喪服で出席したお葬式。恒例の、オアシズ大久保さんのご家族との旅行。etc.

題名に惹かれて即買い。

でも内容は「一人」だから楽しいことばかり。
一人であるが故の寂しさとか、
一人であるが故の不自由さとか、
そういうものとは無縁のエッセイ。
一人だからこそ楽しい仕事、友情、酒飲み、
「これって健康だからだよね」と今更思うσ(・・*)アタシ。
でも基本的にいとうあさこって、
性格が良いというか、
根っからのお嬢様だからこその良さというか、
そういうものがにじみ出ている。
だからエッセイの文章にも不愉快なところがない。
一人だからってひがむところもないし、
どんなことを書いたら、
どんなことをしたら人が不愉快に思うのか、
ものすごくそれをわきまえた文章になっている。

いやね、
実は「一人だとこんなにつらい」って言うのを半分は期待していてw。

自分がここ数年考えられないような病気にかかったり、
精神状態も追い込まれたり、
今ももうどこに行ったら良いのかわからない症状で、
どうにもこうにも。
マジな話、
孤独死して連絡がつかないから、
同僚か上司が発見してもおかしくない。
そういう意味で「一人はいやなんだ」を期待したけど、
たぶんそういうものに蓋をする意味で、
彼女はこう言う人生を送っているんでしょうね。
むしろ覆そうとしてとでも言った方が良いのかも。

そういう意味では元気が出ました。
「一人だけどこんなに楽しいよ」って。
「一人だけど一人じゃないよ」って。

彼女が愛されているわけ、
仕事が次々舞い込むわけ、
いろんな事がわかった気がしました。
いつも全力投球で満身創痍w。
だけど仕事も楽しいし人間関係も充実。

私もそこそこのカネと健康があればねw。

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「不発弾」 [電子書籍]




内容紹介
巨大電機企業崩壊は悪夢の序章に過ぎなかった――!
バブル終焉時、日本中の企業に埋め込まれた「損失」爆弾。
膨らみ続けるバブルの負債が、いま炸裂する。
大手電機企業・三田電機が発表した巨額の「不適切会計」。捜査二課の小堀秀明は、事件の背後に一人の金融コンサルタントの存在を掴む。男の名は、古賀遼。バブル直前、地方の商業高校から「場立ち要員」として中堅証券会社に入社した男は、バブルという狂乱の時代を経て、凄腕の「飛ばし屋」となっていった……。
激動の証券業界を生き延びた男が語る、闇に葬られた「粉飾決済」の裏側とは。
小説でしか描けない経済界最大のタブー!

架空の会社名、個人名ではあるが、
それが現実にはどの会社を誰をさしているのか、
社会を知っている人なら誰でもわかるだろう。
現実にこんなことが行われているのであれば、
個人投資家などそんなに大儲けができるはずもない。
もともと投資に興味はないが、
余程毎日勉強していなければ、
この世界についていくことなどできない。
本気でそう思わされた小説だった。

久米宏の「ラジオなんですけど」で話題の登ったことで、
手に取ってみたのだが、
正直経済小説は余り気が進まなかった。
しかし読み始めたら一気読み。
不幸な生い立ちの主人公が、
金を稼いで妹を地獄から救いだそうと必死で働き、
それでも人生は思うようには行かず、
けっきょく彼は図らずも大金を動かす、
裏の仕事に手を染めていくことになる。
そうしていくうちに、
自らの私怨も晴らし、
その一方で恩人の凋落も目にする。
大企業、証券会社、フィクサー、政治家、
ありとあらゆる欲の皮が突っ張った人間が絡み合い、
この国とこの国の経済は動いている。
どこまではフィクションでノンフィクションなのか、
私のような経済素人には判断がつかないが、
読み終わったときに感じた震撼は、
現実とのリンクが余りにも強いからである。

同じようなことをしても、
あの人は起訴されるのに、
あの会社は素知らぬ顔で経営されていることもある。
その違いはどこにあるのか?

森友学園問題、加計学園問題など、
「口利き」が話題になっているだけに、
いろいろと考えてみると現実の奇々怪々さにゾッとする。

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「鬼才 五社英雄の生涯」 [電子書籍]


鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

鬼才 五社英雄の生涯 (文春新書)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/08/19
  • メディア: Kindle版


内容紹介
『鬼龍院花子の生涯』『極道の妻たち』『陽揮楼』『吉原炎上』『三匹の侍』『人斬り』……極彩色のエンターテイナー、映画監督・五社英雄。
五社作品の持つ情念に魅せられた著者は関係者への徹底した取材を重ねるが、その生涯を描き出すのは困難を極めた。稀代の“ホラッチョ”五社の証言は、背中の彫り物ひとつをとっても同じ人物のものとは思えないほどときにブレる。どこまでが真実でどこからが嘘なのか? これは、全身エンターテイナー──「人を喜ばせる」ことに生涯をかけた男の、ハッタリ上等、虚々実々の物語である。
テレビ界出身だった五社英雄は、長らく日本の映画評論界から不当に無視に近い扱いを受けてきた。その言動は常に毀誉褒貶の対象だった。真っ白なジャケットとズボンで敵だらけの現場に乗り込み、水たまりがあればそのジャケットを脱いで女優にその上を歩かせて周囲の度肝を抜き(しかも翌日にはまた新品同様の白ジャケットで現れる)、80年には銃刀法違反で逮捕され、一時は映画界を追放されて、すべてを失った。
しかし、現在の時代劇やアクションは五社の存在なくしては語れない。今では当たり前の、刀がぶつかり合い、肉を斬り骨を断つ効果音。これらを最初に生み出したのも五社だった。テレビの小さな画面でいかにして映画に負けない迫力や殺気を出すか? 悩んだ末に辿りついた発想だった。
自らの人生も「演出」した男はなぜその背中に鬼を掘り込んだのか? 台本にはなかった「なめたらあかんぜよ!」の秘密とは?
虚実ハッタリ入り乱れた生涯に翻弄されながら、春日太一が渾身の取材で「鬼」の静かで哀切な真実に迫る。

私は春日太一ファンである。
彼の書くものも好きだが、
何よりそのしゃべりが好きだ。
だからラジオに出ているとゾクゾクする。
声が良いだけじゃなくて、
話の内容がなんともギリギリで面白すぎるのだ。

五社英雄の映画には特に魅力を感じたことはない。
外連味にあふれていて、
確かにキャッチーで面白いのだが、
「娯楽映画」としての面白さと、
自分が知らない世界の面白さくらいで、
特に共感するとか号泣するとかは全くない。

しかし読み始めたら止まらず、
1日で読み終わってしまった。
映画同様自分をも演出し、
自分の死期も悟って仕事をし続けた男。
その人生を何も知らなかったので、
テレビ業界と映画業界を行き来しつつ、
画期的な作品を作り続けたその執念は脱帽に値する。
もはや斜陽産業であった映画界で、
最初からもし活躍の場所を得ていたならば、
彼はもっと違う作品や世界を描いていたのかも知れない。
最初に選んだ活躍の場がテレビであったことは、
当時勢いがあったからこそ良かったことも多かっただろうし、
今ほど制約もなかったから良かったことも多かろう。
だから必ずしもテレビで活躍したことは悪くはないのだが、
映画界には勿体なかったと思うのだ。
そして映画界で活躍し始めてから、
夏目雅子を失ったのは彼にとっても大きな損失だった。
いろいろな意味で幸運にも恵まれたが、
それ以上に不運や運命の妙にも弄ばれた人だったと思う。

時代劇研究家である春日太一が、
なぜ五社英雄の人生を描く気になったのか、
その人生そのものの数奇さにもあるだろうし、
彼が「三匹の侍」を作り上げたからとも言える。
いずれにしても枠にはまらない人であるし、
こういう人がいないとやはり時代は変わらない。

太く短い人生ではあるが、
残したものは大きかったと思う。
残念ながらその多くは忘れられていく運命だろうから、
こうした形でその人生の一端をのぞける私たちは幸運かも知れない。

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「サイコパス」 [電子書籍]


サイコパス (文春新書)

サイコパス (文春新書)

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2016/11/18
  • メディア: Kindle版


内容紹介
平気でウソをつき、罪悪感ゼロ……そんな「あの人」の脳には秘密があった!
外見はクールで魅力的。会話やプレゼンテーションも抜群に面白い。
しかし、じつはトンでもないウソつきである。不正や捏造が露見しても、
まったく恥じることなく平然としている。
ときには、あたかも自分が被害者であるかのようにふるまう。
残虐な殺人や善良な人を陥れる犯罪を冷静沈着に遂行する。
他人を利用することに長け、人の痛みなどこれっぽっちも感じない。
――昨今、こうした人物が世間を騒がせています。しかも、この種の人々を
擁護する人も少なくありません。そうした人物は高い確率で「サイコパス」なのです。
もともと「サイコパス」とは連続殺人鬼などの反社会的な人格を説明するために
開発された診断上の概念です。しかし精神医学ではいまだ明確なカテゴリーに
分類されておらず、誤ったイメージやぼんやりとした印象が流布していました。
ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々に明らかになっています。
脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、
一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことがわかってきたのです。
しかも、サイコパスとは必ずしも冷酷で残虐な犯罪者ばかりではないのです。
大企業のCEO、政治家、弁護士、外科医など、大胆な決断をしなければならない職業の人に
サイコパシー傾向の高い人が多いという研究結果もあります。
最新脳科学が、私たちの脳に隠されたミステリーを解き明かします。

あらかたの内容は上記に記されている。
この本が話題になっていて、
「読みたい」と思いつつも積ん読のために後回しになっていたが、
ふとしたきっかけから「読まねば」と思った。
それは著者がラジオに出演し、
そこで「人の心の痛みがわからない」という表現をしたことだった。

私の雇用主は社会的には成功者である。
しかしこと人を使うことは巧くない。
言動に容赦がなく、
自分基準でものごとをすすめようとして、
それに沿わないと容赦なくせき立てる。
一時は半年に一人の割合で人が入れ替わっていたという。
一方私は適応障害の反対で過剰適応である。
そういう人であることをくみ取って、
言われる前に事を片付けてしまう。
それは自分に犠牲を強いる。
雇用主の方針で残業を許さないので早出をして、
他社の出勤前に仕事をある程度片付ける。
つまり彼は私に対してせき立てることはできなかった。
しかしその代わりに時折とんでもない発言を投げつけた。

「病気なんかしたことないから病気の人の気持ちなどわからないだろう。」

母親の介護を中学の頃から8年やって、
激痛にもんどり打ちながらその数年前に子宮摘出したことなど何も知らない。
そしてうつ病になってやっと働ける様になった時に、
その言葉を浴びせられた。

「私の過去の何を知っているんですか?」

震える声で私は言った。

「何も知らない。」

つまり悪気なく一見健康そうだから口にしただけなのだ。

そうした発言はその後も度々あった。

「あなた、頭がおかしいよ。」

そう言われたこともあった。
その一方で職業倫理上、
病気欠勤などには理解を示す。
そのギャップがわからなかった。
一見情け深そうな態度を示すのだが、
その一方で人格や人生を否定するようなことを平気で口にする。
それに対して何が不快だったのかを訴えても、
ピンとこないのかうわべだけの謝罪もない。
その時にふと考えた。

「この人には人の心の痛みがわからないんじゃないだろうか。
 もしかしたら良心というものがない部類の人間なんじゃないだろうか。」

仕事でも人の不幸が大好きで、
不幸な事故が起こると人一倍張り切って対応する。
こと死亡事故、病気で死亡などがあれば、
必要もないのにいろいろなことを調べ、
調べたことを聴きたくもないのにベラベラと喋って、
自分の知識として披露する。
自己顕示欲と出世欲だけは人一倍、
部下の手柄は自分の手柄、
何が起こっても自分の都合が優先。

読んでわかった。
彼は「勝ち組サイコパス」である。
反社会的行動はないが、
それ以外の部分はピッタリ当てはまるのだ。
偉業を成し遂げる人たちにも、
「勝ち組サイコパス」らしき人たちがいると書かれているが、
まさしくそれだった。

一定割合で「サイコパス」が存在する以上、
共存を考えていかねばならないと書かれているが、
その具体的方法は何も記されていない。
おそらく多くの「勝ち組サイコパス」と一緒にいる人間は、
その一番痛いところや弱いところをつかまれ、
地団駄を踏みつつもその能力の高さ故に悶々としていると思う。
彼らが正論を言えば言うほど打ちのめされ、
「自分が悪いんだ」と追い詰められているに違いない。

生憎私にも良い方法は思い浮かばない。
人の心の痛みがわからない人に理解させることはできない。
良心がないのに何が人を傷付けるのかわからせることはできない。
それ以上に彼らは社会的には成功しているから、
一定距離を置いて付き合う分には、
適当に持ち上げておけば良い気分になっている。
大きな会社や社会であれば、
一定距離を取ることも可能だろうし、
多くの人間の中で適当に憂さ晴らしもできるだろう。
彼らと付き合って行くにはその程度のことしか考えつかない。
まともに彼らの容赦ない発言を受け止めない。
所詮は「サイコパス」なのだと思うしかない。

しかしそれでも彼らは痛いところをほじくり出すだろう。

なまじ社会的成功者が多いだけに、
「負け組サイコパス」よりも「勝ち組サイコパス」は扱いにくい。
早くその解決策を提示してくれることを希望する。
彼らに追い詰められた人たちが命を絶ったりする前に。

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「怖い絵」 [電子書籍]


怖い絵<怖い絵> (角川文庫)

怖い絵<怖い絵> (角川文庫)

  • 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
  • 発売日: 2016/03/25
  • メディア: Kindle版


内容紹介
残酷、非情で甘美……名画の“怖さ”をいかに味わうか。「特に伝えたかったのは、これまで恐怖と全く無縁と思われていた作品が、思いもよらない怖さを忍ばせているという驚きと知的興奮である」。絵の背景にある歴史を理解してこそ浮き彫りになる暗部。絵画の新しい楽しみ方を提案して大ヒットした「怖い絵」シリーズの原点が、満を持しての電子書籍化。ドガの『エトワール』、ラ・トゥールの『いかさま師』など全22作の隠れた魅力を堪能!
電子書籍版の絵画はすべてオールカラーで収録されています。
本書には、紙版に収録されていた以下の2点の絵は収録されておりません。
フランシス・ベーコン「ベラスケス〈教皇インノケンティウス十世像〉による習作」
岸田劉生「切通之写生」

日本に残された芸術の世界は、
基本的に絢爛豪華なものであったり、
仏教関係であったり、
当時の暮らしを写し取ったような作品は少ない。
むろん残ってはいるのだが、
鳥獣戯画のようなものが多く、
そこに悪意やとんでもない社会の秘密が潜んでいることは少ない。
日本人は皮肉を洒脱に描く方向だったのかもしれない。

一方のヨーロッパは、
宮廷が抱えた画家たちも多く、
あるいは宗教画も多くあり、
いろいろな意味で古くからの名画の宝庫である。
いわゆる「パトロン」の存在が、
才能さえあれば絵をかいて生活することを許した。
しかし彼らとて、
注文に応じた美しい絵ばかり書いていたわけではない。
当たり前だ。
おべっかばかり使っていればいつかは限界が来る。
そのはけ口が必要だったはずだ。

この本では時代背景やそこの描かれた人たちの氏素性の推測、
描いた画家たちの立場や心持、
いろいろなものを解説しながら、
一枚一枚の絵をじっくりと眺められる。

実際王族や貴族に飼われていた画家は、
気に入らなければ捨てられる。
その一方で好きなものを書いている画家も、
ただ美しいものをかくばかりではない。
誰もがほめそやす美しく描かれた作品の一方で、
人間や或いは神たちのいたずら心や残酷さ、
そういうものを描かずにいられない。

結構ショックが大きかったのが、
ドガの踊り子たちについての記述である。
純粋に美しい踊り子たちを描いていたと思っていただけに、
当時の時代背景や踊り子たちの立場、
そういう社会だったのかと初めて知った。

日本人には想像もつかない社会の在り方は、
芸術にも暗い影を落とす。
その「怖さ」を知ってからまじまじと見ると、
何とも血生臭い戦争と権力争いの歴史を垣間見ることができる。

こんな芸術鑑賞もけっこうおもしろいものである。

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